バングラデシュにおける監査法人制度と外資系企業ガバナンスへの示唆


[1] 近年、バングラデシュは南アジアで最も注目される新興市場の一つとして、製造業・インフラ・IT分野を中心に外資の進出が加速しています。人口1億7,000万人を超え、平均年齢が26歳と若い労働力を有する一方で、会計監査・金融統治・内部統制の制度基盤はいまだ発展途上です。外資系企業が現地で事業を展開する上では、「監査法人制度」や「財務報告の信頼性」を十分理解しておき、どこまで信頼できる情報があがってきているのかということを知ることが、リスクマネジメントの要となります。本稿では、2025年現在のバングラデシュにおける監査法人制度の現状と課題、最近の制度改革、そして外資企業ガバナンスにとっての実務的示唆を概観します。

目次


バングラデシュ監査法人制度の枠組み

バングラデシュの監査業務は、1973年制定の「Chartered Accountants Order」に基づき、Institute of Chartered Accountants of Bangladesh(ICAB)が統括しています。ICABは日本でいう日本公認会計士協会(JICPA)に相当し、監査士資格(ACA/FCA)を付与し、監査法人(Audit Firm)の登録、品質管理、懲戒などを監督する公的専門機関です。2025年時点で登録監査法人は約52法人存在します。これらの監査法人は、主として企業法(Companies Act 1994)、銀行会社法(Bank Companies Act 1991)、保険法、証券取引法などに基づき、法定監査を実施しています。

ただし、制度上の特徴として、監査法人の設立には日本のような「公認会計士5名以上」といった人数要件はなく、ICAB登録会員2名以上でパートナーシップを結べば認可されます。また、法人格は“partnership firm”として登録され、独立法人格を持たない点が特徴です。このため、監査業務におけるパートナーの責任は無限責任となり、保険加入や業務分担体制の整備が極めて重要となっています。有限責任監査法人化が進んでいる先進国との大きな違いといえるでしょう。
バングラデシュの監査業務に関する法的制約

バングラデシュで監査意見書を発行できるのは、ICAB(Institute of Chartered Accountants of Bangladesh)に登録された“Chartered Accountants Firm(監査法人)”及び登録された個人の勅許会計士(Auditor)のみです。

Private Limited Company(有限会社)や外国法人の支店は、監査業務を直接提供することが禁止されています(Companies Act 1994 および ICAB By-laws に基づく)。

 Big4および主要監査法人のバングラデシュでの動向

他国と同様に、バングラデシュでも、外資系大手会計事務所と呼ばれるBig4が独立した法人で又は現地法人をメンバーファームとして活動しています。上述の法的制約があることから公式メンバーファームとして株式会社形態の現地法人を設立してコンサルてぃんぐ業務を提供し、ローカル監査法人を監督下においてローカル監査法人名で監査報告を行う形態をとっています。

  • KPMG:現地の老舗監査法人であるRahman Rahman Huq, Chartered Accountants (RRH)をメンバーファームとして監査業務を提供しています。
  • Deloitte:現地の老舗監査法人であるNurul Faruk Hasan & Co, Chartered Accountantsをメンバーファームとして監査業務を提供しています。その他にDeloitte Bangladesh Limited及びBusiness Consulting Servicesを通じてコンサルティングサービスを提供しています。
  • PwC:PricewaterhouseCoopers Bangladesh Private Limitedをメンバーファームとしてコンサルティングサービスを提供し、 監査業務は、ICAB 登録済みのローカル監査法人(例:ACNABIN Chartered AccountantsHowladar Yunus & Co. など)との協力(PwC India のパートナーが監督的役割を担い、監査報告書上はバングラデシュ側の監査法人名が署名する。)を通じて監査業務を提供しています。
  • EY :Ernst & Young Advisory Services Bangladesh Limitedをメンバーファームとしてコンサルティングサービスを提供し、監査業務は、ICAB 登録済みのローカル監査法人であるIslam Hoque Hanif & Co., Chartered Accountants通じて監査業務を提供しています。

これらの提携ファームは、主として外資系企業・金融機関・国際開発プロジェクト(ADB、World Bank、JICA等)の監査を担当しており、IFRS(BFRS)・ISAの適用、独立性評価、品質管理レビュー(QCR)をICABおよびFinancial Reporting Council(FRC)※の二重監督下で受けており、現状バングラデシュにおいて最も品質の高い(信頼性の高い)監査を行っていると考えられますが、その監査報酬は現地の他の監査法人や個人の会計士による監査業務報酬とは桁が一つ二つ変わってくる水準です。

※FRCは2015年に創設され、監査法人のライセンス、品質審査、監査報告書の公的検証、懲戒処分権を有する独立規制機関です。2023年以降、FRCは上場会社監査に関して「監査報告書提出のオンライン登録制度(e‑Audit Report Submission)」を導入し、監査人交代時の説明責任を強化しています。2025年現在、すべての上場企業は監査報告書をFRCポータルに電子提出する義務を負っています。



外資系企業のバングラデシュでのガバナンスと監査リスク


外資系企業にとって、現地監査の信頼性確保は経営ガバナンス上の最重要課題です。特に次のリスク領域が実務上問題となっています。

  • 監査人の独立性:

中小監査法人(及び個人会計士)では、顧問業務と法定監査の兼務、取引先企業との長期癒着が多く、独立性の確保が問題となっている事例が多く報告されています。客観的な視点で独立性が担保されているか検討が必要です。

  • 監査品質のばらつき:

ICABの品質管理レビューで不適切指摘を受けた事例が近年増加しています。外資子会社は監査法人選定時にQCR評価や国際ネットワークの有無を確認することが推奨されます。

  • FRC・税務当局提出書類との整合性:アジア諸国に見られる2重3重帳簿の実務はローカル企業に見られます。監査報告書・移転価格文書・税務申告の内容に齟齬があると、二重調査や課徴金リスクが高まります。アジア諸国に見られる2重3重帳簿の実態がないか、予防けん制含め、確認が肝要です。


バングラデシュでのガバナンス責任者が取るべき実務対応


外資企業のガバナンス責任者(CFO・内部監査部門長)は、以下の観点で監査対応を強化することが推奨されます。

  • 監査契約の明確化:監査スコープ、IFRS適用範囲、関連会社取引の確認を契約書に明記。
  • 内部統制レビューの実施:日本本社基準(J‑SOX等)に基づき、現地プロセスを年1回レビュー。
  • 監査人との定期ミーティング:監査人からの指摘・KPIを経営層が直接把握し、ボードレベルでリスク評価を行う。
  • 複数監査人制の検討:高リスク領域(銀行、合弁JVなど)では、外部監査と内部監査のダブルレビュー体制を導入。
  • FRC・ICABの通達モニタリング:監査報告書様式、倫理規定改正、監査報酬開示義務などの最新指針を定期確認。


バングラデシュにおける監査法人の今後の展望


バングラデシュ政府は2025–2027年にかけて、「Audit Firm Governance Code」および「Auditor Liability Insurance制度」の導入を検討している。これは国際水準に沿った監査品質管理の枠組み整備を目的とするものであり、IFACや世界銀行の支援を受ける予定です。さらに、デジタル会計システムの導入促進(e‑Audit Platform)と、官民双方の「監査人登録・評価システム」の統合も構想されています。

外資企業にとっては、こうした改革期におけるガバナンス体制の見直しが喫緊の課題です。監査法人の選定・契約・監督を単なるコンプライアンス対応にとどめず、「現地統治の品質保証」として戦略的に位置付けることが求められます。バングラデシュ市場の成長可能性を最大限に生かすためには、信頼性ある会計・監査基盤を前提とした透明な経営体制の確立が不可欠です。



バングラデシュ監査法人まとめ


監査制度は一国の統治品質を映す鏡であり、企業統治の最前線です。バングラデシュにおいてはまだまだ未熟な制度ではあるものの、その重要性に係る認知はあり、金融改革・法制度整備・ガバナンス強化の潮流が同時進行しています。外資企業のガバナンス責任者は、単に法令遵守にとどまらず、制度変化を先取りして内部統制・開示・説明責任の枠組みを整備することが、長期的な信頼確立の鍵となります。

目次